モロッコ周遊ツアーの体験記③は、旅の7日目。世界遺産アイト・ベン・ハドゥと、赤い街マラケシュの1日です。
朝いちばんにアイト・ベン・ハドゥの要塞村を歩き、そこから約3時間40分かけてアトラス山脈を越えます。さらに午後は、マラケシュ旧市街を3時間。1日のうちに「静かな土の村」と「モロッコいちの喧騒」の両方を味わう、密度の高い日でした。
なお、この村は日本語の表記が何通りかありますが、この記事では「アイト・ベン・ハドゥ」で統一しますね。

アイト・ベン・ハドゥの拠点ワルザザートは「アフリカのハリウッド」
前夜に泊まったのはワルザザートという街。サハラ砂漠への玄関口であると同時に、映画の街としても知られています。また、街には大きな映画スタジオがあります。砂漠と岩山と要塞村がそろうこの一帯は、古代エジプトも中東も聖書の世界も撮れてしまうのだそうです。だからこそ「アフリカのハリウッド」と呼ばれています。
ここからアイト・ベン・ハドゥまでは約37km・45分。朝7時半に出発して、8時15分から観光がスタートしました。
私たちも映画スタジオの前で写真を撮りました。砂漠でも旧市街でもない、いきなり「撮影所」が現れるギャップがおもしろい街です。

アイト・ベン・ハドゥ|土でできた要塞の村
アイト・ベン・ハドゥは、アトラス山脈の南のふもとにあるクサル(城壁で囲まれた集落)です。1987年に世界遺産に登録されました。
驚くのは、この村がぜんぶ日干しレンガ(土)でできているということ。かつてサハラ砂漠を越えてきたキャラバンの交易路にあたる場所です。そしてベルベル人が身を守るために築いた要塞集落だと言われています。斜面にへばりつくように家が重なり、いちばん上には見張りや穀物倉として使われた建物が残っていました。
まず川を渡って村に入り、細い坂道と階段を登っていきます。すると頂上からは、乾いた大地がぐるりと見渡せます。なおアイト・ベン・ハドゥの観光時間は約1時間。登るので、歩きやすい靴と日差し対策は必須です。

登ってみた感想
斜面や階段はわりと急です。ただしそこまで高い山ではありません。途中には小さなお土産屋さんが点在していて、そこで小休止をはさみ、会話を楽しみながら登れました。一気に登る必要がないので、体力に自信がなくても大丈夫だと思います。
いっぽうで、村そのものは閑散としていました。今も暮らしている方がいると聞いていましたが、住民の方と言葉を交わす場面はありません。そのぶん、静かな土壁の路地をゆっくり歩けます。
そして、ここにも猫。土の色にとけこむように寝ている姿に、登りの疲れがふっと軽くなりました。モロッコは本当にどこへ行っても猫がいます。

あの映画も、あのPVも、ここで撮られた
この村は、数えきれないほどの作品のロケ地になっています。
- アラビアのロレンス(1962年)
- ソドムとゴモラ(1962年)
- ナイルの宝石(1987年)
- ハムナプトラ(1999年)
- グラディエーター(2000年)
- キングダム・オブ・ヘブン(2005年)
さらに日本のファンにうれしいのが、L’Arc〜en〜Cielのミュージックビデオも、このアイト・ベン・ハドゥで撮影されていること。「見たことがある気がする」と感じるのは、たぶん気のせいではありません。
💡 なぜここが選ばれ続けるのか
土でできた村、背後の岩山、乾いた川、遠くに見えるアトラス山脈。電線も看板も入らない景色が、まとまって残っているのです。そのため時代も国も、自由に設定できるのだそうです。実際に立ってみると、たしかに「今が何年なのか分からなくなる」感覚がありました。
アトラス山脈を越えてマラケシュへ
アイト・ベン・ハドゥをあとにして、次はマラケシュまで約3時間40分。標高2,000mを超えるティシュカ峠を通ってアトラス山脈を越えます。つづら折りの山道が続く区間です。
カーブが続くので、車酔いしやすい方は酔い止めを飲んでおくと安心です。また窓の外には、山肌にへばりつくような集落が現れます。峠の茶屋のような売店も、次々に見えてきました。

この移動の途中で昼食をとりました。長い移動日は、食事の時間がそのまま休憩時間になります。
そして車窓の景色は、どこまでも茶色。岩と土だけの乾いた大地が、ひたすら続きます。見ているうちに「スターウォーズに出てきそうな景色だな」と思っていました。あとから考えると、映画の街ワルザザートが近いのも納得です。
マラケシュ旧市街|「赤い街」を3時間歩く
午後3時、マラケシュに到着しました。建物が赤茶色の土壁で統一されているため「赤い街」と呼ばれる都市です。なお旧市街(メディナ)は1985年に世界遺産に登録されています。
ここでの観光は約3時間。日程表の「歩く度」も最高ランクで、実際とてもよく歩く午後でした。
クトゥビアのミナレット
マラケシュのシンボルが、高さ77mのクトゥビアのミナレット(尖塔)です。12世紀に建てられました。しかもラバトのハッサンの塔、スペイン・セビリアのヒラルダの塔と並ぶ「三大ミナレット」のひとつ。①の記事で紹介したハッサンの塔と兄弟のような関係、と聞くと旅がつながって見えてきます。

サアド朝の墳墓群|300年間、忘れられていたお墓
次に訪れたのがサアド朝の墳墓群。16世紀後半のサアド朝の王アフマド・アル・マンスールが築いた王家の霊廟です。イタリア・カッラーラ産の大理石や、細かなモザイクで飾られた小部屋が残っています。
おもしろいのは、その歴史です。次の王朝の王がこの墓を壁で囲んで封印してしまったため、長いあいだ存在が忘れられていました。そして再発見されたのは1917年、空からの偵察写真によってだそうです。狭い入口に列ができるのも、そういう物語があるからかもしれません。

実際に見て驚いたのは、天井も壁も床も、すべてが細かく複雑なタイルの模様で埋めつくされていること。とても美しくて、お墓とは思えない雰囲気でした。
ただし通路がとても狭いです。人が多いなかを、左右に行ったり来たりしながらの見学になります。そのため混み合う場所だと知って、時間に余裕を持っておくと落ち着いて見られると思います。
ジャマ・エル・フナ広場とスーク
そして、マラケシュといえばジャマ・エル・フナ広場。夕方になると屋台がずらりと立ち並びます。煙と音楽と人でいっぱいになる、モロッコいちにぎやかな広場です。
この広場が評価されたのは、建物としてではありません。「そこで行われている文化そのもの」が2001年にユネスコの無形遺産の傑作として宣言され、のちに無形文化遺産の一覧表に記載されました。大道芸、音楽、語り、ヘビ使い。たしかに、ここにあるのは風景というより出来事です。
また、広場から続くスーク(市場)もまた迷路です。革製品、ランプ、スパイス、バブーシュ(革のスリッパ)、アルガンオイル。なお値札がないお店が多く、値段は交渉して決めるのが基本になります。

夕方のフナ広場は、活気のかたまり
私たちが訪れたのは夕方。地元の人と観光客でごった返していて、とにかく活気に満ちていました。
印象的だったのは色です。ここまでの旅の景色はずっと茶色でしたが、市場に積まれた野菜や果物の色が、その茶色の街並みにくっきり映えて見えるのです。
そして、あたりが暗くなってきたときのお店のランプの光。これが本当にきれいでした。実際に灯っているところを見ると、その気持ちがさらに強くなり誘惑されます。フナ広場とスークは、日が落ちる時間に合わせて訪れるのがおすすめです。
💡 フナ広場で気をつけたいこと
- 写真とチップ:ヘビ使いや大道芸、動物などを撮ると、あとからチップを求められることがあります。撮る前に確認するか、撮らないと決めておくと気楽です
- 人混みと貴重品:日が暮れると本当に混み合います。バッグは体の前に、貴重品は分散して
- はぐれない工夫:似た路地が続くので、集合場所と時間を先に決めておくと安心です

次は、大西洋の港町エッサウィラへ
朝は土でできた静かな要塞村、夜はモロッコいちの喧騒。同じ日とは思えないほど表情の違う7日目でした。
次の④では、マラケシュから日帰りで訪ねた大西洋岸の世界遺産エッサウィラと、旅の締めくくりをレポートします。
これまでに訪れた世界遺産をまとめています。

人混みでの貴重品の持ち方はここに書きました。

